20080421

快晴 ホワイトアスパラガス 翳りゆく部屋


最近のリスボンの街の上には、今にも雲ひとつ無い快晴になりそうで、それと同時に今にも窓ガラスを激しく打ち付ける雨が降り出しそうな空が広がっている。先週の大型コンペの提出以降、しばらく平穏な日々が続いている。

週末には、部屋のゴミを出し、本棚を整理し、床をモップで磨いて、スーパーで買ったサーモンの切り身をバターでソテーして、ホワイトアスパラガスと一緒に食べた。そんな普通の週末を過ごしたのも、約四週間ぶりということになる。ぼうっと日が照ったり翳ったりする部屋をただ眺めながら、僕は残りの研修期間のための息継ぎをしていたのかもしれない。

20080420

黒いボルボ 東京電力 発生しないアクティビティ 

ようやく関わっていたコンペが終了した。

最後の最後で用意していた車に梱包した模型が大きすぎて入らなかった時に少々混乱はあったけれど、最後の最後の最後でカヒーリョ自ら彼の黒いボルボで提出先に向かって、どうやら締め切り5分前に提出できたらしい。後にも先にもあんなに素早く動くカヒーリョを見ることはもう無いかもしれない。
今回のコンペはリスボン内のテージョ河に面した都市計画規模の敷地に、プログラムを含めて開発計画の提案をするというもの。クライアントはEDP(Energias de Portugal)という、日本でいう東京電力のような電力会社で、彼らの所有する、もしくは交渉している段階の土地が敷地になっている。

うちの事務所から目と鼻の先にある場所で、隣はノーマン・フォスターが担当することが決定している区画になっている。ポルトガル国内の著名な建築家がこぞって参加していることからも、リスボンの中でも重要な意味を持つ地区だということが伺える。

ポルトガルの建築家は、都市計画的な視点をあまり得意としない。という見解がある。そもそも、首都リスボン自体が、他の主要な欧州都市と違って綿密な計画の上に建てられた街ではないし、リスボン市内の一部を除いて、国内に近代都市計画の成功例はあまり多くない。さらに、経済的な理由から、ポルトガルではアクティビティが発生しにくい状況が生まれているという。平面図でカフェやショップを描き込んで、いかに賑やかに見せても、なかなか思うように店舗が入らずに閑散としてしまうケースが後を絶たないらしい。
だからこそ、「美術館」みたいに与えられた条件の中での提案ではなく、条件そのものを含めて提案するという今回のコンペの試みはポルトガルにとって、またポルトガルの建築家自身にとっても、とても価値のあるものになるだろう。彼らが自覚しているかは別にして。

僕にとっても、このコンペを通じて得たものは大きい。技術的な収穫もかなりあった。プレゼンテーションのレイアウトや、ブックレットの製本の仕方なんかも、デザイナーのヌノから色々とコツを教わった。何より来葡して最初の週に関わったポルトのコンペでは、敷地模型の一部しか作らせてもらえなかったのに比べると、遥かにプロジェクトに深く関われて楽しい。後は研修生用の旧型のパソコンがもう少し速く動いてくれたら言うことはないのだけれど。

20080409

食欲 集中力 当社比


今夜は夕食後再び出勤。僕はライトアップされたエストレーラ教会の前を横切って(本日五回目)事務所へ向かった。
現在関わっているコンペの締め切りが次の火曜日と迫ってきた。このくらいの時期になると、場合によっては夕食後も仕事をすることになるのだけれど、これが僕にとっては新鮮だった。夕食後に仕事をすることがではなくて、一旦家に帰るということが新鮮だった。
定時に一度帰宅をして、料理をして、食欲を満たして、少し休憩をして、また事務所に向かうなんて一連の流れはこちらではごく当たり前のことになっている。節約するために昼食を自炊しようとすれば、昼休みにも帰宅することになる。一日に何度も出所しているみたいで、なんだか集中力も上がっている気がする。当社比。
丘の上にある自宅と丘の下にある事務所とをケーブルカーみたいに一日に何往復もして、僕はその回数と同じだけ、濃い目のエスプレッソを飲んでから仕事に取り掛かる。

20080401

坂道 サマータイム サグレシュ 


ポルトガルに春が来た。
朝事務所に向かう坂道では、白いライムストーンの石畳に強い陽射しが反射して目を開けていられない。事務所のスタッフも徐々に衣替えを始めている。3月末にヨーロッパがサマータイムへ移行したのを境にして、リスボンを漂う空気も時間も春の装いに変わったみたいだ。定時に仕事を終えて外に出れば、外はまだ明るいし日によってはムッとした熱気に包まれることもある。
ポルトガルではこの時期になると食堂のメニューに魚が増え始めるという。ビーチに行く準備として、ヘルシーな魚料理で冬の間にたっぷりと蓄えた脂を落とそうとしているのだ。ここから先ポルトガルの気候は暑くなる一方だというから、4月に入ったばかりだというのに皆こぞってビーチに行ってしまう気持ちも分かる。
昼食のとき、お酒を控えていたはずのスタッフが徐にインペリアール(1)を注文してしまう気持ちも分かる。こんな日和に飲まないなんて嘘。

(1)imperial :リスボンでの生ビールの通称。普通のビールはセルベージャ(cerveja)。ちなみにポルトガル第二の都市ポルトではフィーノ(fino)と呼ばれている。ジョッキで、なんていうことはなく、控えめにコップ一杯で出される。別に春じゃなくても昼間っから飲むのだけれど。

20080331

うみねこ 役割分担 コンペの勝率


無印良品のノートを愛用しているヌノ・グジュマオンの事務所は、目の前10mに海のようなテージョ川が広がる最高の敷地にある。仕事に飽きたら日差しの強い屋外に出て、目を細めながらぼうっと水面を眺める。うみねこの啼く声がひんやりとした事務所の中に響いて消える。事務所の壁には、亀田の柿の種とTOPPOのパッケージが色見本や印刷サンプルに混じって貼られている。彼らがポルトガルの政府関係の展覧会のデザインを担当しているような、国内有数のデザイナーだと知ったのは仕事を熟した後のことだった。
ヨーロッパの、しかもポルトガルでデザイナーの仕事を手伝うとは思っていなかったけれど、僕はこの短い間にずいぶん貴重で刺激的な体験をした。彼らの考えていることは建築とまるきり同じようでもあり、あるいは全く違う次元であったりもする。
グジュマオンが言うには、ポルトガルは基本的にどんな仕事も細かく役割分担をさせたがる性格があるらしい。例えばデザイナーならばグラフィックデザイナーなのかインテリアデザイナーなのかコミュニケーションデザイナーなのかエクイップメントデザイナーなのかをはっきりと表示しなければならない風潮があるという。しかし最近では、世界的にはそれらの境界はどんどん曖昧になってきているし、保守的なポルトガルも変わっていかなくてはならない。実際、今回僕が手伝ったコンペも、小学校のインテリアリノベーションの提案をするというものだった。
彼がカヒーリョと仕事をするのは、カヒーリョがそういった事に対する偏見を持たず、変化に対して鋭い感覚を持ち、常に新しいものを取り入れる貪欲な姿勢を持っているからだという。その点に関しては僕も賛成だ。

ただヌノ・グジュマオンと組んでからというもの、カヒーリョのコンペの勝率が非常に悪いというのも考えなくてはいけない事実。そして彼ら自身はコンペに勝ちまくっているというのは、もっと考えなくてはいけない事実。

20080328

短距離走 P-06 魚の保管庫


コンペとは、息継ぎをしないで走る短距離走に似ている。もしくは、ただただ水に潜ってその深さを競うストイックな競技があったと思うのだけれど、それの方が近いかもしれない。限界まで潜った後、息継ぎをするために水面から顔を出そうとする。例えばその直前に水位が急上昇したら、いったいどうなってしまうんだろう。木曜日の夜、同僚ヌノからの電話を受けて、僕の連想したものはだいたいそんな感じのことだった。
「ユウスケ、いいニュースだ。明日から週末にかけて仕事が入ったよ。いつも一緒に仕事をしているデザイナー、ヌノ・グジュマオンの事務所でコンペ用の模型を作りに行かなくちゃいけないらしい。」
というわけで僕は2週間ぶりの週末を返上して、テージョ川に沿って西へ進んで、リスボン・アルカンタラ地区の先のべレンのそのまた先のアルジェスにある魚の保管庫を改造した、グラフィック・デザインアトリエ「P-06(ペーゼロセイシ)」の事務所に派遣されてきた。ほぼ毎日朝帰り。

20080327

先輩 充実 SUSHI PARTY


今やポルトガル国内外で飛ぶ鳥を落とす勢いの建築家、アイレス・マテウス事務所でインターンをしていたホリエ君が日本に帰っていった。同年代ということもあって、在ポルトガル日本人の先輩の彼にはなにかと心構えなどのアドバイスを貰うことが多かったように思う。会うたびに見る彼の充実した表情は、少なからず僕の指針となっている。近いうちに恒例SUSHI PARTYも開いてみようと思う。


リスボン市内の建築事務所で働く日本人 :残り2人(推定)