20080226

アーモンドの花 転職 暇つぶし


ポルトガルの春の風物詩と呼ばれるものの一つに、アーモンドの花がある。一見すると桜のような木で、春先のわずかな期間に、南はアルガルヴェ地方全体、北はドウロ河沿いの渓谷に絨毯のように沢山の白い花を咲かせる。「その昔ポルトガルに政略結婚で嫁がされた北欧のお姫様が、祖国の雪を恋しがったため、代わりにこの花を植えさせたのが始まり」という言い伝えが残っている。
ポルトガル北部にある町フォシュコアは正にそのアーモンドの花の名所として知られる。近年町からジープを走らせること30分程の奥地にて、先史時代に描かれた壁画が発見されてからは、シーズンを問わずヨーロッパ中からこの小さな町に観光客が訪れるようになった。
今年のポルトガルは例年よりも幾分か寒かったらしい。満開にはまだ早いとの事前情報を得ていたけれど、八分咲くらいを期待して僕は花見を決行した。
ポルトから内陸へ電車で3時間半ドウロ河沿いを溯る。終点ポッシーニョ駅で下車し、駅前にあるカフェでタクシーを呼んでもらう。すると慣れた手つきでエスプレッソを淹れていたマスターが一瞬のうちにタクシードライバーへ転職するところを見ることができる。店の前で日向ぼっこをしていた可愛らしいシニョール達に見送られ、更に30分間峠を攻める。フォシュコア近くの村でジープに乗り継ぎ、道なき道を進んでいく。視界が開けると、満開というには程遠いけれど花が咲き始めたばかりの白いアーモンドの木を、山を切り開いて作られた広大な葡萄農園の深緑色を背景にして所々に見つけることができた。
僕はジープを降りて、山と岩と空と川に囲まれた、「音がしない音」が聴こえそうな渓谷を壁画を目指して歩いた。あると言えばガードマンの詰め所が一つあるくらいの大自然だ。写真から、とても大きな、2メートルくらいの壁画を想像していたが、実際に見ると壁画は50センチくらいで、かわいい牛や馬やサーモン(下手過ぎてどう見てもヒラメに見える)がまるで落書きか、あるいは本番に備えた下絵のように無造作に彫られているというものだった。二、三個はガードマンが暇つぶしに彫ったものが混じっていてもおかしくない。どう考えても彼の仕事は暇だ。
道を歩いている途中、コケが生えてちょうど目の様に見える、魚の形をした大きな岩を見つけた。ガイドの女性に、「見て、こっちの方がサーモンに見えるよ」と教えてあげると、何か気に障ったのだろうか、ついさっきまで声高々にリップサービスを交えながら壁画の解説をしていた彼女は、「NO」と無表情で必要最小限の返事をした。
よく考えてみると、あのサーモンは彼女の作品だったのかもしれない。

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