20080804

トド スパイス 海の家


スタッフの人たちはそれぞれ自分のお気に入りのビーチを持っている。だから僕が「週末ビーチに行こうと思うんだ」なんて話題を振ると、皆喜んでお気に入りのビーチを教えてくれる。だいたいおすすめのレストランとセットで教えてくれる。
問題なのは、それらが全て車が無いとたどり着くことが出来ない場所にあるということだ。彼女の滞在中、ゴンサロが連れて行ってくれたメコのビーチもそんな場所の一つだ。奥の方はヌーディスト・ビーチになっている。
砂浜で仰向けになってぼんやりと空を眺めていると、大西洋に熱を奪われた風が体をなでるのが心地良い。どうしようもなく暑くなったら、どうしようもなく冷たい海に飛び込む。波と遊ぶのに飽きたらまたトドみたいに横になる。このサイクルを各自のタイミングで繰り返す。すると当然のように腹が減ってくる。喉は乾いてカラカラだ。
ビーチで過ごす時間はその日の夕食(無論シーフード)を美味しく頂くための最高のスパイスだ。近場にある評判の海の家で、僕らはビールを片手にカタツムリやイカやアサリやムール貝がたっぷりと盛られた皿を次々と平らげていった。皿の底に残ったスープもしっかりとパンに染み込ませて最後の一滴まで味わう。満腹になって僕達が満足した顔をしているのを確認して、ゴンサロはもっと満足そうな笑みを浮かべていた。

20080803

ティー・ハウス ジャズ 贅沢


シザの建築でどれが一番好きかと聞かれたら、僕はまずポルト近郊のレサ・ダ・パルメイラにある彼の最初期の作品「ボア・ノヴァのティー・ハウス」を挙げたい。どれくらい好きかというと、この一年の間に4回も足を運んでしまっているくらい好きだ。
大西洋を望む岬に、まるでそこにあるのが必然であるかのようにティー・ハウスは佇んでいる。低い屋根、飛び出した長い庇は水平性を強調して大地との一体感を強めている
海岸沿いを歩いてティー・ハウスへと向かう。大西洋の冷たい波が岩礁にぶつかって轟音と共に真っ白い飛沫を散らして、その上を水鳥が飛び交っている。
扉を開いて中へ入ると、店内はいつも趣味のいいジャズ・ナンバーがかかっている。店内のテーブルやランプなどの家具はどれもシザが自らデザインしたものだ。口髭を生やした初老のウェイターに案内され、横連窓に向かい合うようにソファにゆっくりと腰を沈める。この時初めて、立っている間は長い庇によって隠れていた水平線が目の前に広がる。この庇と窓と家具の配置は全て海の水平線に合わせて緻密にデザインされている。
ここでの僕の取る行動はいつもだいたい同じだ。日没より少し前に店に入って、夕日が沈んでいくのをコーヒーを飲みながら眺める。それだけだ。だけどそれがとても上質で贅沢な時間だということを、ここに来たことのある人なら誰もが知っている。夕日の赤くてまろやかな光が、舐めるように長い庇から天井に伝わって部屋全体を満たしていく。その時ばかりはおしゃべりなポルトガル人の客も口を閉じてぼんやりと沈む太陽を眺めていた
あまり交通の便がいい所ではないけれど、ポルトに行った際は是非。近くに同じくシザ設計のスイミング・プールが二つあって、片方は有名でもう片方はあまり知られていないのだけれど、どちらもおすすめ。

20080802

テンプル騎士団 回廊 ゲシュタルト崩壊


トマールは12世紀に騎士にして修道士という二つの顔を持っていたテンプル騎士団によってつくられた街として知られている。そしてそのテンプル騎士団は謎の多い組織として知られている。秘密結社フリー・メイソンの起源だと主張する人もいるし、ダン・ブラウン原作のダヴィンチ・コードにも登場している。
街を見下ろす丘に腰を据えているキリスト修道院は騎士団の要塞として建てられた。ポルトガルの修道院建築の中でも最も巨大なものの一つで、バターリャやアルコバサの修道院と同じく1983年に世界遺産に指定されている。

リスボンのサンタ・アポローニャ駅から鉄道で二時間ほど北上する。トマールの駅は終着駅なので寝過ごす心配は無い。駅を出て目の前に伸びる道を真っ直ぐ歩いていくと、騎士団の街の中心に辿り着く。
街の石畳はテンプル騎士団のシンボルでもある十字架のパターンを作っている。建物から飛び出したベランダの鉄製の手摺をよく観察すると、やはり十字架や同じくシンボルの地球儀なんかを見つけることができる。僕は街を少し歩いただけでかつてここで暮らしていた騎士団の気配を強く感じていた。
インフォメーション・センターで予め聞いておいた評判のいいレストランでフランゴ・アッサード・ピリピリ(1)とフルーツ・サラダ(2)で腹の虫のご機嫌をとった後、僕はシャワーみたいに降り注ぐ日差しを頭から浴びながら丘を登って修道院の敷地へと入っていった。入り口で一ユーロもする地図を購入したときから分かっていたのだけれど、この要塞でもあり修道院でもある建築は冗談みたいに広い。とにかく回廊が多いのがこの修道院の特徴だ。すべての回廊が同時に出来たわけではない。時代を経て増築を繰り返した結果、次々に回廊が増殖していったらしい。回廊はそれぞれ機能とそれに相応しいスケール、それから名前(墓の回廊、沐浴の回廊、宿の回廊エトセトラ)を持っていて、それらが絡み合ってこの建築における多様性と複雑性を生み出している。
地図を頼りに見落としが無いよう虱潰しに見て回る。暗く冷たくて吸い込まれそうに静かな室内と、刺すように明るく眩しくて小鳥の声や風の音が流れている回廊が繰り返し交互に現れる。対照的な空間を反復して体験していると、認識している距離と体験している距離が徐々にずれていくように感じる。狭いとか広いとかの意味が曖昧になっていく。ゲシュタルト崩壊みたいなものだったのかも知れない。ただただ歩き疲れていただけなのかも知れないけれど。

(1)Frango Assado Piripiri: ローストチキンにピリピリというスパイスを加えたもの。辛い刺激に対する擬音語が日本語と同じなのが興味深い。
(2)Salada de Fruta: 季節のフルーツを一口サイズにカットしてシロップで和えたもの。缶詰を使っているところも多いけれど、大体外れなしで美味しい。

20080801

夕暮れ 落書き 日焼け


事務所での研修も終了してから、僕はしばらく日本から訪ねてきた彼女と一緒にポルトガル国内をあちらこちらと旅行してまわっていた。もてなすというよりは一緒に楽しんでしまおうということで結構無茶なスケジュールを組んだりもしていたのだけれど。
ポルトガルの魅力をひとくくりにするのは難しいけれど、元をたどっていくと、それはやはり豊かな自然と魅力的な気候によるところが大きい。海沿いの村を訪ねれば高い確率で鄙びたビーチと美味しいシーフードに強い日差しの中パラソルの下でありつけるだろうし、内陸に入ってオリーブやコルクの木々の生えた大地を見下ろしながら夕暮れ時を迎えれば、その燃えるような静けさに圧倒されてただ見とれてしまうだろう。そこにワインがあれば言うことはない。彼らの食事もワインもデザートも建築も壁の落書きも人柄も、健康的な天気に恵まれながら長い間をかけて育まれてきたものなのだ。
何が言いたいのかというと、ポルトガルを旅行するなら日焼け対策をしっかりとした方が良いということ。