20080614

キンタ・ダ・マラゲイラ ブーゲンビリア 庶民の知恵


まぶしい朝日に向かってリスボンからバスで東へ二時間ほど進んでいくと、アレンテージョの中心都市エヴォラの街をすっぽりと取り囲んでいる城壁が見えてくる。ローマ帝国が築いたこの壁の中には、ローマ時代の神殿やイスラム様式の建物、キリスト教の教会建築などがサラダ・ボウルの中みたいにごちゃ混ぜになって混沌として美しい街並みをつくっている。

建築家アルヴァロ・シザの計画した住宅開発地区キンタ・ダ・マラゲイラは、そんなエヴォラの城壁の外側の丘陵地に東京ドーム5.7個分の面積で広がっている。
バスターミナルから徒歩で10分ほど城壁と反対方向に歩くと、白い建築の街が現れる。正確には建築とも街ともいえないと思うのだけれど、その白い塊は確かに建築であり街だった。大部分は住宅だけれど、レストランや商業施設や公共施設なんかも入っている。とにかく広いその塊の内部に入り込んでいくと、そこはどこか外から切り離された別世界のようだった。
住宅の外壁は一体になって繋がっているのでひとつの巨大な建築のように見えるし、同時に各住宅の窓やドア、そして煙突の繰り返しが身体的なスケールとリズムをつくっている。各住戸に水や電気を供給しているコンクリート・ブロック製のダクトが白で統一された世界にアクセントを与えている。
面白いのは、街区の中に入るとどこか非日常を感じるのだけれど、街区の外から見ると驚くほど風景となじんでいるということだ。隣に接している既存の街区との境界もよく分からない。この建築には外観という概念が無いのかもしれない。この風景との一体感は素材と仕上げが作り出しているものだ。白い砂糖菓子みたいなスタッコの外壁は、この地方や南のアルガルヴェでは良く見ることのできる伝統的な仕上げで、土着の文化と地続きになっている。これらの住宅は、伝統的な民家の形態を洗練させてできたものなのだ。
シザの建築は写真で見るとどれも同じように白いけれど、実際に現地で直に見てみるとスタッコの白、大理石の白、ホワイトコンクリートの白、塗料の白といったように一つとして同じ白が存在しないことに驚かされる。モダニズムを象徴する意味上の白と、土着の技術に根付いた物質としての白を同時に使いこなしている。
慣れ親しんだ民家のように、住民たちは上手にこの街を住みこなしている。建具を取替えてしまった家、黄色い塗料で開口部を縁取っている家、中庭をバラ園にしている家。どの家も個性的で生き生きとしている。僕は買い物から帰ってきた鮮やかなブーゲンビリアの花を育てている家に住んでいるおばちゃんに声をかけられた。いかにもポルトガルの働くおかあちゃんといった雰囲気の彼女はもうすぐ2階部分を増築するつもりらしい。少し話しただけでも、いかにそれぞれ自分の家を気に入っているのかがよく分かる。唯一の問題点は駐車場がなくてみんな家の前に車を留めなくてはいけないことなのだそうだ。
その後彼女に教えてもらったレストランで僕はミーガシュ(1)を食べた。とても旨かったのだけれど量がことさらに多くて、僕はしばらくの間ずっしりと重くなった胃袋を抱えてエヴォラの街を見て周ることになった。

(1) Migas :パンに肉汁の味を染み込ませてオジヤ状にしたアレンテージョ地方の郷土料理。決して豊かでなかったこの地方で、めったにない貴重な肉を存分に味わうために考え出された庶民の知恵。

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